2016年

1月

31日

キューバに行ってきました

 

この地上に社会主義が成立している国があるのだろうか? そんな思いを抱きながら訪れたキューバ。そこは、希有な道をまっとうに歩くソーシャリズムの国でした。

 

19世紀から20世紀の人間社会の大テーマであった社会主義という営為は、果たして21世紀、22世紀と人間のテーマになり続けるのかどうか? キューバでの答えは「possible」でした。また、夢は見果てぬものではなく、苦痛を伴っても手放さぬものであり、ピカピカした遠いものではなく、小さな日常が語ることも見たことの一つでした。

 

このキューバの現在を造った「首謀者」フィデル・カストロとひそかな対話を続けた5日間をまとめました。

 

 

 

カリブの風

 

「オリーブ色の軍用車が2台、その大通りを走ってきて停まった。仰々しい護衛や先導車もなしにだ。(中略)2台のうち、先に停まったのは、いわゆる幌付きの小型四輪駆動車で、後ろの車は兵員輸送車である。四輪駆動車の助手席からオリーブ色の軍服を着た長身の男が、ゆっくりと路上に降り立った。帽子はかぶっていない。ようやくわたしは気づいた。彼だ」(佐々木譲著「冒険者カストロ」集英社文庫の冒頭)

 

長身の男はフィデル・カストロ。路上に立つと、軍服の裾を直して、キューバ国旗を捧げ持つ青年たちの前に歩み出る。特に儀式らしい儀式もなく、パレードが始まる。2001年7月26日、キューバ革命記念日の朝。ハバナの海岸通り(アベニュー・アントニオ・マセオ=マレコン)である。通りには数万の市民が並び、到着したカストロとともに大行進を始めた。

 

・・・なんという自由さ。中南米、カリブ諸国のスタイルは人の間の隔てが無い。東洋の格式の国から訪れると、自由な人肌を感じる。軽々とした気風が気持ちよい。

 

そのカストロ、現在は老人向け施設でよろよろ歩き、野菜や花を手づくりする毎日だそうだ。現地ガイドさんによると「もう年だからねえ~」。家族のことを話すように目を細める。「愛されているんだな・・・」

 

 

 

・・・と続くのですが、ここから硬くて長~くなる(笑)ので、とばして首都ハバナの点描をご紹介します。

 

 

 

ハバナという街の艶

 

へミングウェイが愛したバー「ラ・フロリディータ」には苦楽を知る大人の色気がある。銅像となり店の奥にいる彼の微笑には艶やかなエレガンスがある。

 

キューバ人は、一生のうち3回は結婚と離婚を繰り返すと聞いた。離婚率は85%だそうだ。革命後の厚い社会保障と女性の社会進出が、男女を自由にもしただろう。(革命前13%だった女性の労働力率はいま約60%、社会に占める女性の役割も高く、医師の70%近くが女性、科学者などの専門職も60%以上が女性という)

 

離婚しても生活に不安は無く、慰謝料や親権問題での裁判もめったにない。子供たちも親の恋愛には寛大だという。目にした多くの女性は豊かなヒップを振り振り歩く。色彩感覚もカリブ風で美しい。そんな女性に男性は何度でも求愛する。老若問わず。

 

テキスト ボックス: ラ・フロリディータにあるヘミングウェイの銅像。カストロとの写真が横にあった。 キューバの男性は、後期高齢者の年齢になっても、香水を好み、老人ダンスパーティーなどで粋に踊る。ラテンとカリブとアフリカ系黒人の血は自由で色っぽい。映画「ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ」でもダンディーな老人ミュージシャンがたくさん出てきた。皆、枯れない。カストロだって、開襟の軍服に、赤いポケットチーフをのぞかせたりする。おシャレなのだ。

 

 

 

ハバナの艶っぽさを思う時、もう一つの情景が目に浮かぶ。コロニアル建築群がカリブの海に面するマレコン(堤防)通りのたたずまいだ。

 

海からの塩と湿気を含んだ強い風は、建物のパステルカラーの漆喰をぼろぼろにする。冬の北風は強く、北に向くマレコン通りは海水で水浸しになる。コロニアル建物群はひとたまりもなく、毎年毎年修復を続けるが予算が乏しく、朽ちる寸前となる建物も多い。しかし、ハバナ湾に面したこの観光スポットは、朽ちそうで朽ちない。裏通りに入れば、ベランダに極彩色のドレスが見え、昼間から音楽が聞こえてくる。タバコを吸う褐色の指先が窓に見える。これらの情景もまたエロティックだ。キューバは豊饒に生きている。

 

20158月訪問。同筆者紀行文より抜粋)

 

油井文江